*は訳者注です。
7/18(金) 第12ステージ 高温、うわごと、オール「そして」シュワルツネッガー (タイラー・ハミルトン:CSC)
今日の個人タイムトライアルは非常にきびしいものだった。 コースは登りが多く、平坦なのは見せかけだけで、向かい風があり難しいものだった。 今日は、これからやってくる厳しい4日間(*第13〜16の山岳ステージを指す)へのウォーミングアップだと言えると思う。 気温は午後になって重要なファクターになってきた。 気温は100℃(*左は華氏温度、摂氏38℃)になろうとしていた。 フィニッシュした時には疲れ果て、脱水症状があった。 トゥールーズに戻るバスの中で、僕はうわごとでも言ってたんじゃないかと思う。

ヤン・ウルリッヒ(TBI)は信じられないような走りで他を圧倒した。 ツールが始まる前にはウルリッヒの活躍を疑問視していた誰もが、おそらく今日のレース後考えを改めただろう。 彼は明らかに調整のためにフランスに来ていた。 ピレネーではかつてのヤン(*ウルリッヒ)の走りが見られると思う---それはサイクリングファンにはいいニュースであり、プロトン(*集団)にとっては「悪い」知らせだった。

(*2日前の)休息日に少しの間レースから離れられたことが、今日(*個人TT)につながって、結果には満足している。 (*休息日の)前の夜、僕は神経に傷がついたままベッドに入ったが、翌朝今までに経験したことのない様なたまらない痛みで目が覚めた。

「オール(*CSCのマッサー)の助け」
神経問題にかかわる人はみんな、僕が話していることについて事前に知っている必要があった。 僕にとって、これは最優先事項だった。 背骨から発せられる痛みによって、鎖骨に感じる痛みが和らいだと感じるくらいだった。 信じられないことだ。 僕はほとんど起きあがることができなかったばかりか、(*通常の)半分以上息を吸うことすらできなかった。 水曜日(7/16)にレースが無いのは本当にラッキーだった、というのは、このコンディションではどうレースをスタートしていいか分からなかったから。

しかしもう1度オールが看病に来てくれた。 第1ステージの落車以来、オールは僕の背中を叩いたり、調整したりすることができないでいた。 骨折に加えて、僕は頭も強打していて、そのせいで首がぼこぼこになっていた。 左半身をかばってあと10日間走ると、背骨はさらに痛くなる。 骨が脊髄神経を圧迫しはじめるほど、脊柱はあきらかにねじれていた。

オールは少しずつマッサージをしてくれたが、ついに背骨をひびが入ってしまった。 オールは僕を傷つけてしまうことを恐れていたが、骨を固定するためなら続けて欲しいと、僕はオールにずっと言っていた。 オールが僕の骨をまっすぐにしてくれた頃には、まるで背中にとまっていたトラックをついに誰かがバックさせていってくれたかのようだった。 この時僕が感じた安堵感をどう言葉にしていいか分からない。 もう少しで自制心を忘れるところだったよ。

この1日半を完全に歯をくいしばることだけに筋肉を使ったので、その全ての厳しい試練によって、昨日はまだ少しずきずき痛んだ。 しかし今朝までに少し良くなってきた。 だから、できれば神経問題が表面化しなければいいなぁ、と思っていた。 1つの傷がもう1つの傷をよぶというのは普通じゃない。 背骨を問題のない状態にすることができて、僕はラッキーだった。 いつもこう簡単にいくわけじゃない。

本当のツールは今日からスタートだ、と言っている人もすでにいる。 確かに動揺することがあったり、タイム差も少し広がったし、難しいタイムトライアルだった。 でも、レースはまだまだ残っている。 これからピレネーでのステージが始まり、そしてピレネーはそう容赦はしてくれないという感じがする。 とりわけここヨーロッパは猛暑だ。 これからの数日はボトルを補充するための行き来が結構重要になるだろう。

「舞台裏で」
昨日、CSCはチーム総合で1位になり、メダルとクレディリヨネ(*ツールのメインスポンサー)ライオンのぬいぐるみをもらった。 プレゼンテーションにアーノルド・シュワルツネッガーが来ていたのに驚いた。 シュワルツネッガーは「ターミネーター3」の宣伝のために来ていたのだが、レース中選手の前を走るキャラバン隊にもその映画のものがあった。 カルロス・サストレはアーノルドに腕相撲を挑んだけれども、断られたのだった。

読んでくれてありがとう。