「雨と混沌のセオリー」[10 July 2004 VeloNews RiderDiariesより 原文はこちら]
どしゃ降りのツール・ド・フランスから
去年は1滴の雨も見なかったように思うけれども、2004年は母なる自然との戦い、といった様相を呈している。
ツールの前半はいつも退屈なものだというのが今までのセオリー。第1週はアクションというアクションがいっぱいだった。ついてないことに、興奮をよぶものは全てレース自体よりも選手のコントロールの及ばない部分ばかりだった。毎年天気がツールの議論の大部分を占めるけれども。昨年の熱波はまるで歓迎できないものだった。その点今年は集団に大波乱を引き起こす風雨が続いている。
道路に水がいっぱいになると、全ての物がどぶや測道から洗い流されてくるので、絶えず小石やごみの上を走ることになる。この4ステージで20以上のタイヤを消耗したと思う。クレイジーなことだ。
[ゴールラインの狂気]
金曜(*6ST)のゴールは昨年の第1ステージを思い出させて薄気味悪かった。あの時は残り500mで40人以上が落車した。集団がゴールスプリントに備えているときはいつも落車の危険がある。とりわけツールの第1週の間は、巨大なプレッシャーとものすごい危険にさらされている。スプリントの可能性のある全てのステージは大きくて、ストレートで、広い大通りで行われるべきだー選手のことは考慮されてないーと考えるからだ。
おそらくそれではTV向きではないだろうけれども、この2,3のステージのゴール近くで選手達が案内を必要としていた数多くのロータリー、中央分離帯、安全地帯、観衆、狭い道は、ほとんど無責任に近い状態だった。昨日は数メートルの幅の狭いゴールストレートに180近い選手がなだれむのが予測できなかったのはテクニカルディレクターの大きな計算ミスだ。昨年集団を崩壊させたあのつらい夜ぐらいクレイジーなことだ。
あの時点で包帯をした選手が数多くいるなんて前例のないことかもしれない。あんなに多くの選手が同時に負傷するのは見たことがない。僕のチームも例外ではなかった。ほとんどみんな昨日の落車に巻き込まれた。オスカル・ペレイロは起き上がると小指が90度曲がっていた。見ていておそろしいけれども、骨折はしていなかった、単に脱臼しただけだった。彼は運がいい。
僕はハンドルバーを越えて後頭部から落ちた。肩甲骨と背骨の部分をこすって傷つけた。骨から落ちたんだと思う。今朝のスタートではかなり痛かったけど、概して、かなりラッキーだったと思う。うまくいけば2,3日で良くなるだろう。
[集団での厳しい1日]
おまけに今日のラスト1kmも少しクレイジーだった。、残り10kmでアナウンスがあったから、ゴールストレートは昨日よりは少し思いやりがあったけどね。
沿道の観衆が道路の左側で発煙筒らしきものに火をつけていた。その煙で中央分離帯のバリアが見えにくかった。辛うじて見分けた選手もいた。こういうことの全てが僕たちがロータリーに頭からつっこんでいくことにつながる。深刻なけがを負った選手がいなかったのは本当に驚きだ。
ここのところ集団では厳しい日が続いているが、チームは毎晩夕食後にリラックスしようとしている。
食事の前はスケジューリングのメッセージ、整体、ドクターに包帯を巻いてもらったりなど大忙しなのだ。PM10:00を過ぎるまで空き時間は誰にもない。しかし昨夜まで、僕たちはみんな外で集まろうとしていた。チームバスはかなり快適で、ツールではここでレースのハイライトや映画を見たり、駐車場の外を一緒にうろうろしたりするのが伝統になりつつあった。
ちょっと変な話だけど、スタート前もフィニッシュ後も与えられた全ての時間を移動バスの中で過ごしてるんだ。でも家にいる瞬間に一番近いことなんだと思う。だから一種の転がるロッカールームなんだ。
明日もずっと風の吹くレースになりそうだ。うまくいけば少しは太陽が見られるだろう。
読んでくれてありがとう。
投稿者 akemi : July 19, 2004 4:27 AM | トラックバック